平将門 首塚
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日本人なら知らない人はいないであろう歴史上の人物、平将門。
学校の歴史の授業で平将門については習ったと思うが、今回は学校では教えてもらえない平将門の呪いについて紹介しようと思う。

平将門は平安時代に存在した豪族なのだが、現代まで続く恐ろしい呪いがあるという。
その呪いが強すぎて、日本三大怨霊としても語られているのだ。

ではさっそく恐ろしい平将門の呪いの真相に迫ってみるとしよう。

平将門の呪い

平将門とは?

平将門
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平安時代中期の関東の豪族で、平良将の息子。
自らを新皇と名乗り、平将門の乱を起こした野心的な武将である。

独立国を立ち上げようと画策したが、志半ばで京都で処刑され、さらし首となった。

平将門の首は死後何ヶ月たっても腐らずに、まるで生きているように目を見開いていたという。

そして「私の体はどこにある、もう一度首をつないで戦おう!!」と叫び続けた。

平将門の首はその後、自分の体を探して空を飛び続けたらしい。
そして力尽きて首が落ちた場所が、現在の東京都千代田区の大手町。

その場所には将門の怨念を鎮めるべく、今でも首塚が祀られている。

平将門の首塚を粗末にすると呪われる!?

平将門の呪い
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冒頭でも話した通り、平将門の怨念はとても強力で、1000年以上たった現在でも日本三大怨霊の一人として恐れられている。
なぜこんなに恐れられているのかというと、平将門の首塚をめぐって不可解な事故や事件が多発しているから。
これは平将門の呪いなのではないかと言われているのだ。

ということで、実際に起こった平将門の呪いと思われる事件を整理してみよう。

1923年 大蔵省建設

1923年に起こった東京大震災によって、平将門の首塚がある大手町周辺は相当な被害に見舞われた。
瓦礫の山になってしまった土地を整理して、首塚も取り壊し、大蔵省を建設。
しかし、大蔵省の役人に病人が続出。
当時の大蔵大臣を始めとした幹部14人が次々と命を落とした。

1940年 大蔵省全焼

1940年、落雷によって大蔵省庁舎が全焼。
「平将門の首塚をおろそかにした祟りではないか?」との声が上がり、
塚に古跡保存碑を建立することとなった。

1945年 ブルドーザーの横転事故

1945年には、平将門の呪いを信じない米軍が首塚の周辺を駐車場にする工事を開始した。
作業中にブルドーザーが突然横転し、死者まで出る大騒ぎとなった。

まだまだある平将門の呪い

この他にも、平将門の首塚を壊そうとしたり、動かそうとした者は必ずと言っていいほど災いが降りかかったという。

現在でも、首塚の近隣のビルに入っている会社では、首塚にお尻を向けないような机の配置にしたり、首塚を見下ろさないように窓を設けないところもあるんだそう。
平将門は、それだけ人々から恐れられてきたんだね。

首塚の近くには絶対に住みたくない‥(;・∀・)

平将門の呪いは本当にあるの?

呪い

平将門の呪いについては、偶然が重なっただけ、信仰していた人々の仕業じゃないかという説がある。

大蔵省建設の際には14人もの人が亡くなっている。
偶然として片づけるにはちょっと無理があるような気もするんだよなー。

平将門は呪いとして恐れられている反面、信仰の対象としている人も多い。
その人たちにしてみたら、信仰のシンボルでもある首塚が壊されてしまうのは黙って見過ごせることではないだろう。

呪いとされている一連の事件は平将門を信仰している人たちが工作したのではないか、という説が有力とされている。

しかし、地震や落雷といった自然災害も起こっているため、この説もまたしっくりこないと言わざるをえない。

僕は呪いは本当にあるんじゃないのかなーって気がする。

中学の時の歴史の先生がさ、平将門の呪いを実際に経験してるんだよね‥。

先生が中学生の時、修学旅行で平将門の首塚に行った時のこと。
呪いなんてあるはずないじゃん!!って友達3人と悪ふざけで首塚の近くで立ちションしたらしいんだよね。
そしたら、立ちションした3人とも夜になってアソコがみるみる腫れあがって病院行き。
修学旅行も途中棄権して1週間入院したって言ってた。

色々検査したけど原因はわからなかったらしい‥。

授業中にこの話聞いて、めちゃめちゃ怖くなったのを覚えてる。
先生‥生きててよかったね( ;∀;)

今回は、呪われたくないからおふざけ一切ナシで真面目に書いてみた。

平将門の首塚、これからもみんなで大切に守っていきましょう。