呪いのベンツ

呪われたベンツの噂があるのを知っているだろうか?

オーストリアの皇太子が、パレードの途中で銃で撃たれて死亡した。
その後、その時に皇太子が乗っていた車を所有した人たちに次々に災いをもたらしたと言われている。

それが一人や二人だったというのならまだ、ただの偶然じゃない?と言えるのだが

9人もの人が命を落としているのだ!!

これは偶然と言えるのか‥。
ここまでくると呪いを信じたくなってしまうような話である。

今回は、恐ろしい呪いのベンツの噂に迫ってみようと思う。

スポンサーリンク

呪いのベンツ

呪いのベンツとは?

1914年6月28日、オーストリアの皇太子がパレードの途中で銃で打たれて殺されてしまうという事件(サラエボ事件)が起こった。

皇太子夫妻を暗殺した犯人は、オーストリアに反感を抱いていたセルビアの民主主義者の男性。
この事件をきっかけに、オーストリアとハンガリーがセルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦が始まってしまうことになる。

この皇太子暗殺事件の時に使用された車は、皇太子が特別に注文した真っ赤に塗られたベンツ。
このベンツがのちの所有者たちを次々に不幸をもたらしていくことになる。

ベンツを所有した人物は、次々と不可解な死をとげていった‥。

このベンツは「呪われている」「死神が宿っている」と恐れられるようになっていったのだ。

その後、持ち主がいなくなった呪いのベンツは、オーストリアの博物館に展示されることになったのだが
第二次世界大戦の爆撃によって、博物館ごと破壊されてしまった。

呪いのベンツ、不幸の連鎖

事故

呪いのベンツによってもたらされた不幸の連鎖を時系列順にわかりやすくまとめてみよう。

最初の所有者

まず、最初のベンツの所有者となったのはオーストリアのフェルディナンド皇太子。
皇太子はベンツに乗ってパレードをしている途中でセルビア人の男に銃で撃たれ殺害されてしまった。

2番目の所有者

次にベンツを所有したのは、オーストリアのポチオレック将軍。
ポチオレック将軍は、戦争で大敗したことが原因で精神に異常をきたして亡くなってしまう。
ベンツを所有してから20日後のことだった。

3番目の所有者

3番目のベンツの所有者となったのは、ポチオレック将軍の部下だったドスメリア大尉。
ドスメリア大尉は、ベンツを所有してからわずか9日後に事故を起こして死亡した。

4番目の所有者

4番目のベンツの所有者となったのは、ユーゴスラビアの州知事。
州知事は、ベンツを所有してから4か月の間に4回も事故に遭ってしまう。
その事故によって右腕を失ってしまった州知事は「このベンツは呪われている‥」と解体することに。

5番目の所有者

しかし、解体に反対した州知事の友人の医師がベンツを譲りうけることになった。
呪いなどまったく信じていなかった医師だったが、ベンツを所有してから半年後に横転事故を起こして死亡した。

6番目の所有者

次にベンツを所有したのは、宝石商のオランダ人。
この宝石商も謎の自殺で死亡。

7番目の所有者

次のベンツの所有者となったレーサーの男は、ベンツを改造して出場したレースで事故死。

8番目の所有者

次のベンツの所有者のドイツの実業家は、所有からわずか2日後に壁に衝突して死亡。

9番目の所有者

次のベンツの所有者となった農場主の男性も事故死。

最後の所有者

最後のベンツの所有者となった男性は、真っ赤なベンツを青に塗り替えて呪いを終わらせようとした。
しかし、呪いは終わらず事故を起こしてしまう。
この事故ではなんと5人の人が犠牲になってしまった。

その後、博物館に展示されることになったが、戦争の爆撃によって博物館ごとベンツは破壊された。

ベンツの呪いか?偶然か?

呪い

これさ、完全に‥

呪い

だよねΣ(゚ロ、゚;)

さすがに死亡者9人は多すぎる!!
+1人重傷だし!!

また赤っていう色がまたなんかね‥
血の色を連想するというかなんというか‥

僕は呪いなんて信じない派だけど、この話はさすがに呪いなんじゃないかと思ってしまう。
こわいすぎる。。

うちのボロイ国産車ははたして大丈夫なんだろうか‥ww