アイスマン エッツィ ミイラ2

1911年、アルプスのエッツ渓谷にて、男性の冷凍ミイラが発見された。

このミイラはエッツィと名付けられ(アイスマンとも呼ばれてる)、調査が進められることに‥。

しかし、エッツィの調査分析に関わった人たちが

次々と謎の死を遂げてしまったのだ!

これは果たしてエッツィの呪いによるものなのか、それとも偶然か‥。

今回はアイスマン『エッツィの呪い』の真相に迫ってみよう。

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エッツィの呪い

アイスマン『エッツィ』

アイスマン エッツィ ミイラ

1911年9月19日、アルプスのエッツ渓谷(標高3200mの氷河)でハイキングをしていた夫婦によって男性の冷凍ミイラが発見された。

エッツ渓谷で発見されたことから、エッツィと名付けられた。

調査分析によって、エッツィは5300年前に殺害された45歳の男性だということが判明。

その他にも謎が次々と明らかになっていった。

ちなみに、エッツィのミイラは現在、イタリアのボルツァーノ市にある南チロル考古学博物館に展示されている。

エッツィの死因は?

まず一番気になるのは、これだよね。

エッツィの左肩から矢じりが発見されたことから、遠くから矢で狙撃され出血死したのではないかと考えられている。

しかし、エッツィもただ大人しく殺されたわけではないらしい‥。

エッツィの持ち物(武器や衣類)には、彼の他に4人の人間の血液が付着していた。

このことから、エッツィを狙った暗殺者も反撃にあい負傷したことがわかる。

さすがにどうして殺されたのかまではわかっていないが、エッツィの衣類や持ち物が持ち去られた形跡がないため、強盗殺人の線は薄いと見られている。

エッツィの呪いか!?相次ぐ関係者7人の死‥

死神 呪い

次に冒頭でもちょびっと触れた呪いの件。

エッツィのミイラの調査に関わったとされる7人の人物が次々と謎の死を遂げているんだよね。

まず、一人目の犠牲者は法医学者のライナー・ヘン博士。

ライナー博士は、発見されたエッツィのミイラを素手で遺体の保存袋に入れた人物。

1992年に車を運転中に事故を起こして亡くなってしまった。

2人目の犠牲者は、登山家のカート・フリッツ。

彼はミイラの研究チームの登山ガイドを務めていたんだけど、雪崩に巻き込まれ命を落とした。

奇妙なのは、行動を共にしていた他の登山家たちはみんな無事だったこと。

なぜかカート・フリッツ一人だけが雪崩の被害に遭ってしまったのだった。

3人目は、ジャーナリストのレイナー・ホルツ。

ミイラの修復を撮影をしていた人物だ。

彼の死因は脳腫瘍だった。

続いて犠牲となったのは、エッツィのミイラ発見者のヘルムート・シモン。

彼は2004年にアルプスの登山中に行方不明となり、8日後に遺体で発見された。

ちなみに、彼の遺体が発見された場所は、ミイラが発見された場所と同じ‥。

薄い氷に覆われ、ミイラが発見された状況と酷似していたそうだ。

5人目は、ヘルムート・シモンの遺体を発見したレスキュー隊のディエター・ワルネッカ。

死因は心臓発作。

6人目、エッツィ調査チームのリーダーのコンラッド・シュピンドラー。

死因は合併症。

最後の犠牲者は、ミイラのDNAの研究をしていたトム・ロイ博士。

彼の死因は明らかになってはいないが、エッツィの研究を始めた頃から病を患っていたという。

呪い以外の可能性は?

病原菌

エッツィのミイラの関わったとされる7人が次々に命を落としたのは、果たして本当に呪いなのか?

まぁでも、やっぱり呪いなんてあるわけないじゃん‥って冷めてる方も大多数いるわけですな。
(どちらかというと僕もその中の一人w)

実際、この件を研究している人の中には、未知の病原菌が原因じゃないか?と考えている人もいるみたい。

それなら雪崩や事故死は当てはまらないけど‥。

それはどう説明するんだい!?と問いたくなるねw

どっちにしても関係者が亡くなっていることは事実だし、ミイラには触らない!これで呪いは終わりにしてほしいですな。

考古学的にはとてつもなく偉大な発見で、研究したい人も大勢いるとは思うけど。

今後さらなる犠牲者が出ないとも限らないし、早く埋葬してエッツィには安らかに眠っていただきたいなと思っています。

これを書いたことで、僕の身に何か起こったら‥

呪いは本当にあったってことで、みなさんよろしくお願いしますww

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